東京地方裁判所 昭和26年(ワ)4213号 判決
原告 山田季美
被告 山口和典
一、主 文
被告は原告に対し、東京都杉並区和田本町八百十七番宅地の内、原告居宅の北側にして被告居宅の西北側に位する間口一間二分三厘奥行四間五分五厘(別紙図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)を結ぶ線をもつて囲む部分)、の土地六坪四合八勺の西端入口にある木製の門並びに南側原告居宅の生垣に添い設けた鉄線及び板塀を撤去し、且つ右土地六坪四合八勺を通路として使用することを妨害する一切の行為をしないことを命ずる。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、各その一を原被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告は原告に対し主文第一項記載の宅地の内間口一間半奥行八間(但し別紙図面(イ)(ロ)(ホ)(ヘ)を結ぶ線をもつて囲む部分)の土地十二坪の地上に存する主文第一項記載の門並びに鉄線及び板塀を撤去し、右十二坪を通路として使用することを妨害する一切の行為をしてはならない。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求の原因として、
(一) 東京都杉並区和田本町八百十七番宅地百三十五坪四合五勺はもと訴外横尾四郎の所有に属し、昭和十一年六月中訴外青木清太郎がこれを賃借していたが、これを(イ)五十坪(ロ)七十三坪四合五勺(ハ)十二坪(本件係争部分)に区分し、(イ)地の上に木造二階建家屋を、(ロ)地の上に木造平家建の家屋を移築し、(ハ)地を右両地のための共同通路としていた。すなわち、(イ)地の建物には(ハ)地に面して勝手入口便所汲取口があり、(ハ)地以外にはこれに出入する通路がなく、(ロ)地の建物は(ハ)地を表入口として外に裏道に面する裏入口があつたのである。
(二) ところが、青木は昭和十九年五月二十二日(イ)地にある家屋を原告に譲渡し、横尾の承諾の下に(イ)地の借地権を原告に譲渡し、原告は(ハ)地につき横尾との間に使用貸借契約を結んで従来同様これを使用して来た。
(三) 青木は昭和二十三年七月中(ロ)地にある家屋を従前から賃借中の被告に譲渡し、横尾の承諾を得て(ロ)地の借地権を譲渡し、被告も原告と同様横尾から(ハ)地の使用許諾を得て従前と変らず共同通路として使用していたが、昭和二十五年四月二十七日横尾から(ロ)地及び(ハ)地を買受けその所有権を取得するに至つた。
(四) 右売買にあたり、横尾は被告に対し(ハ)地は原告居宅の使用に欠くべからざるものであるから、被告買取後も従来どおり共同使用せしむべきことを申入れ、被告をしてこれを承諾せしめたから、被告は横尾と原告間の前記使用貸借関係を承継したものである。
仮りに右使用貸借関係が認められないとしても、原被告はいずれも各自の借地権譲受と同時に(ハ)地の借地権をも共同借地として承継したものである。すなわち、原告は(イ)地の借地権を譲受けると同時に(ハ)地につき青木と共同借地人となり、被告は(ロ)地の借地権を譲受けると同時に(ハ)地につき原告と共同借地人となつたものであつて、原告は(イ)地にある建物につき保存登記を経由しているから、(イ)(ハ)の合計六十二坪につきその借地権を第三者に対抗し得るものであつて、(ハ)地の借地権をもつて、その後に所有権を取得した被告に対抗することができる。
(五) 然るに被告は土地所有権取得後間もなく、(ハ)地の奥の(ロ)地に接する位置にあつた門を(ハ)地の西側入口の表側通路に接する地点に移動し戸を閉ざし、且つ(ハ)地と(イ)地の境界線上の生垣に接して鉄線板塀を設置し、原告が(ハ)地を使用することを妨害するから、原告は前記の使用権限に基いて、右門、鉄線及び板塀の撤去並びに(ハ)地使用に対する妨害行為の禁止を求める。
(六) 仮に以上の主張が認められないとしても、被告が原告の(ハ)地使用を禁止したことは権利の濫用である。青木が前記二棟の家屋を建設した時以来、本件(ハ)地内には被告居宅の正門と原告居宅の勝手口及び便所汲取口に通ずるための枝折戸を設けてあるのみでなく、原告居宅の下水道のマンホール、原被告共用の下水道もあり、各家屋は(ハ)地を通路として使用することを前提として設計せられ、(ハ)地が原告居宅の使用上必要なことは一点の疑もないところである。
被告は十数年間現在の居宅に居住し、(ハ)地を(イ)地の使用者と共同使用し、前記の事情を熟知するに拘らず、(ハ)地を買受けると間もなく、(ハ)地の奥にあつた門を二回にわたり順次前方に移動し、且つ前項記載のような工作物を設置して原告居宅の勝手口、便所汲取口への出入を妨害するに至つたものであるから、たとえ原告に(ハ)地使用の権原がないとしても、被告の右行為は社会通念に照し信義誠実の原則に反する権利濫用の行為であることは明白である。よつて被告に対し前項記載のとおり物件の撤去、妨害行為の禁止を求める。
と陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、原告主張の事実に対し、
(一)の事実中、原告主張の土地が元横尾四郎の所有に属し青木清太郎が賃借し地上に二棟の家屋を建設したこと、及び原告現住の家屋の勝手口及び便所汲取口が(ハ)地の側に面して設けられていることは認めるが、青木賃借の始期は不知、その他の事実は否認する。青木は右土地を五十坪((イ)地)及び八十五坪四合五勺((ロ)(ハ)地)に区分し(ハ)地を(ロ)地にある家屋のための専用通路としたものである。被告居宅の裏入口は従前からあつたものでなく、被告買受後の昭和二十三年十月頃設置した。原告は(ハ)地を使用せずとも、原告居宅の敷地内を通行することによつて、その勝手口及び便所汲取口に至ることができるから(ハ)地は唯一の通路ではない。
(二)の事実中、原告が(イ)地の家屋を青木から買受け同土地を横尾から賃借するに至つたことは認めるが、その日時は不知、その他の事実は否認する。
(三)の事実中、被告が原告主張の頃(ロ)地の家屋を青木から買受け、その敷地を横尾から賃借するに至つたこと、その後原告主張の日に(ロ)(ハ)の土地を横尾から買受けたことは認めるが、その他の事実は争う。被告は右家屋買受と同時に(ハ)地の借地権をも取得したものである。
(四)の事実は全部否認する。被告は(ハ)地を含む八十五坪四合五勺を買受けるにあたり横尾に対し、(ハ)地は被告居宅の専用通路であるから表通路から奥行七間の個所にあつた門を現在の位置まで移動させる条件附で買受ける約束をし、横尾から原告にその旨通告し原告の諒解を得た由をきいて買受け、その後屡々原告に対し口頭で同様の趣旨を通告した。従つて原告主張の使用貸借関係を承継したことはない。加うるに、原告が(イ)地にある家屋を買受けた当時百三十五坪四合五勺は一括して青木に賃貸せられていたから、(ハ)地について更にこれを原告に貸与し得るはずがなく、原告は何らこれを占有していないし、原告は右買受の当時青木から(ハ)地を原告においても使用するならば、その地代を均分して負担してはどうかとの申入れを受けながら、その使用の必要なしとしてこれを拒絶したので、青木は爾後単独で(ハ)地の地代を支払い、その後被告が青木の右借地権を承継して土地買受まで地代を支払つて来たのである。
(五)の事実の内、被告が原告主張のように門を移動し鉄線、板塀を設置したことは認める。
と答え、なお、
仮に被告の主張が理由なしとしても、(ハ)地の内、原告がその勝手口及び便所汲取口を使用するについて必要性を認められる部分は、原告居宅の便所汲取口末端の前面までの奥行四間五分五厘、間口一間二分三厘の範囲のみであつて、その他の部分は何等必要性のないものである。
と述べた。<立証省略>
三、理 由
東京都杉並区和田本町八百十七番宅地百三十五坪四合五勺がもと訴外横尾四郎の所有に属し、訴外青木清太郎がこれを賃借し、その地上に木造二階建及び木造平家建の二棟の家屋を建築所有していたところ、右二階建の家屋をその敷地五十坪(原告主張の(イ)地)の借地権と共に原告に譲渡し、次で昭和二十三年七月中右平家建の家屋をその敷地の借地権と共に被告に譲渡したことは当事者間に争のないところであつて、成立に争のない甲第二号証によれば、原告が右家屋を買受けたのは昭和十九年五月二十二日であることが認められ、被告がその後昭和二十五年四月二十七日横尾から前記(五十坪(イ)地)を除く八十五坪四合五勺の土地(原告主張の(ロ)地及び(ハ)地)を買受けたことは当事者間に争がない。
而して検証の結果によれば、原告居住の家屋は南北に通ずる道路に面して西向に建てられ、被告居住の家屋はその奥約八間の位置に西北角を正面玄関として建てられており、原告主張の(ハ)地十二坪は原告居宅の北側、被告居宅の西北方にある間口一間二分三厘、奥行八間余のほぼ長方形をなす一画であつて、原告居宅の敷地とは生垣をもつて区分せられ、右生垣に添い四方道路から八尺五寸及び二十四尺の位置に各一個の枝折戸が設けられ、原告居宅の勝手口及び便所汲取口に通じていること及び右十二坪の奥被告居宅玄関前に、かつて門の土台であつたと思われるコンクリートのタタキが残存しており、西方道路に面する木製門との間にコンクリート製敷石が並べられて一見被告居宅に通ずる正面通路となつていることが認められる。
以上の事実と、証人青木清太郎、横尾四郎、山口清次、山田季甫の各証言及び山口清次の証言によつて成立を認められる乙第三号証の一乃至五を綜合すれば、被告は昭和十一年以来前記平家建の家屋に居住し、(ハ)地を表玄関に通ずる通路として使用して来たものであり、原告は昭和十九年五月二階建の家屋を買受け居住するに至り、(ハ)地の略西半の部分を勝手口への出入、便所の汲取等のために通行使用して数年間何等の紛議を生じなかつたこと、原告は家屋買受の当時家屋の構造、枝折戸の存在、(ハ)地の状況等から、(ハ)地は原告家屋の前記用途のため当然使用し得るものと考え、売主青木及び地主横尾との間に(ハ)地について何等特別の協議をすることなく、家屋敷地五十坪のみについて青木の賃借権を承継しその地代のみ支払つて来たこと、従つて残余の八十五坪四合五勺の地代は青木が支払を続け、被告の家屋買受後は被告においてこれを支払つて来たことを認めることができる。(証人青木は原告に家屋を売却する際、(ハ)地の地代を折半負担するよう申込み原告に拒絶せられたというけれども、右は証人山田季甫、佐奈礼次の各証言に照し軽々に措信し難い。)これらの事実から推すと、原告は家屋買受の際に横尾又は青木との間に(ハ)地につき使用貸借契約又は賃貸借契約を結んだものではなくて、青木が二棟の家屋を建築した時から、その賃貸借地の内(ハ)地の十二坪を前記のような用途に供するため空地とし、同人又は(イ)地上の借家人が(イ)地の家屋使用の必要から(ハ)地を使用していた関係上、原告の家屋買受後は原告が同様使用することを青木において事実上容認していたにすぎず、被告が青木の借地権承継後も右と同様の状態が続いていたに外ならぬのであつて、原告が権利としてこれを使用していたものではないというべきである。なお原告は、被告の土地買受にあたり、横尾の申入により、被告は原告との使用貸借関係を承継したと主張するが、これを認めるに足る何等の証拠もない。
従つて、使用貸借契約又は賃貸借契約に基く原告の主張は採用し難いものというべきであるから、進んで権利濫用の主張について判断する。
前認定のように、本件(ハ)地は家屋建築の当初から、原告現住の家屋の勝手口の出入、便所汲取のためにも使用するために設けられたものであり、検証の結果によれば、原告居宅の門から左折して勝手口、便所汲取口に到る間は人一人辛うじて通り抜ける余地しかなく、右折してこれに到達するには著るしく迂廻し、且つ座敷、客間などを見透すことのできる庭園を通過することを要し、外部の人の通行を許容するに忍びない構造となつていることが認められるから、(ハ)地は社会通念上原告家屋の勝手口、便所汲取口への唯一の通路であると断じて差支ない。而して証人福田稔夫、山田季甫の各証言によれば被告居宅の門は以前(ハ)地の奥行約八間の位置にあつたところ、被告は昭和二十五年十月頃、これを原告居宅の便所汲取口附近(表通路より四間五分五厘の地点)まで移動し、原告との間に多少の紛議を生じたに拘らず、更に昭和二十六年一月頃表通路に接する地点に移動し、その間原告借地との境界にある生垣に添い板塀、鉄線等を設けて原告居宅の勝手口、便所汲取口への通行を不可能ならしめたことが認められ、証人横尾四郎、山口清次は、右門の移動については原告にあらかじめ通告しその承諾を得たと証言するが、右は前記福田、山田の証言に照し到底措信することができない。
右の被告の行為はその所有権に基くものではあるが、これによつて得るところは僅かに(ハ)地を門内に取入れ通路としてこれを美化することができただけであるに反し、原告はこのため勝手口、便所汲取口への通行を禁止せられ、その日常生活に甚大な不便を蒙る結果となり、その苦痛は被告の得るところに比べ遥かに大きいものというべきである。しかも被告は事前に原告に対し何等の交渉をせず、その諒解をも得ず、原告がこのため右のような多大の不便苦痛を受けることを察知しながら、敢てこの挙に出たものと認められるから、被告の右行為は所有権の正当な行使の範囲を超え無用に他人の利益を害するものであつて不法であると認めざるを得ない。もとより原告に何等の過失がないわけではない。すなわち、本件(ハ)地は前述のように(イ)地及び(ロ)地の家屋双方の使用の必要上設けられた通路であるから、青木が本件土地全部の借地人であり、(イ)地の家屋の賃貸人であつた間は、その賃貸人の義務として勝手口及び便所汲取口への通行のため(ハ)地を使用せしめる責任を負担し、その限りにおいて借家人は家屋賃借権に基き(ハ)地を無償使用し得たわけであるが、原告が(イ)地の家屋を買取つた後は、青木との間に右のような関係は全く存在しないのであるから、従前通り無償使用し得たことはひとえに青木又は被告の好意的黙認以外の何ものでもなかつたというべきである。原告がこの間の差異を理解せず引続き当然無償で使用し得るかの如く考えたこと(証人山田季甫の証言による)は軽卒のそしりを免れない。いわんや被告が原告の通行に妨げない位置まで門を移動した際、原告がそのため原告家の窓を覆うて室内を暗くするという理由で激しく抗議するなど(証人福田稔夫の証言による)、誤解に出でた所為とはいえ甚だ穏当を欠くものといわねばならない。原告は僅かに、自己の日常生活の必要上その勝手口及び便所汲取口への出入に必要な範囲で被告の土地の通行を容認すべきことを被告に求め得るにすぎないものというべく、且つ被告のこの所有権行使の制限に対し相当の償金を支払う義務があることは勿論であつて、何等の対価を支払う必要なしとすることは失当である。
以上の事実を勘案すれば、被告が昭和二十五年十月頃旧の門を原告家便所汲取口の附近まで移動したことは何等不法と目するに足りないが、その後板塀、鉄線等で原告家の勝手口、便所汲取口への出入を不可能にし門を更に前方に移動せしめたことは、原告の苦痛のみ重く被告の得るところ少い権利濫用の行為といわざるを得ない。従つて被告は土地使用の相当対価を得ることに満足して、(ハ)地の内主文第一項記載の範囲にある門、板塀、鉄線を撤去し、この部分を原告家の便益のため原告に使用せしむべく、原告がこれを通路として使用することを妨害してはならないものと考える。
されば原告の本訴請求は主文第一項記載の範囲内において正当であるが、その余は失当であるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、第九十五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 近藤完爾 和田嘉子 倉田卓次)
図<省略>